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 写真だより 佐渡発&広島発

 野草や風景を写真で綴るブログです

佐渡で見られない花 ダイセンキスミレ  

「佐渡で見られない花」 

21回目はダイセンキスミレです。


ダイセンキスミレ(大山黄菫) -スミレ科-
(花期:4~6月)
雪国で普通に見られるオオバキスミレの亜種で
大山をはじめ、中国山地の標高の高いところに
自生します。オオバキスミレより小型で葉に光沢
があり、葉脈がへこむなどの違いがあります。
(撮影地:広島県)
ダイセンキスミレ6



ダイセンキスミレ2




広島県でダイセンキスミレが見られるのは
標高800m以上の僅かな場所に限られます。
ダイセンキスミレ7



雨上がりのダイセンキスミレ
ダイセンキスミレ3







本家本元、大山に咲くダイセンキスミレ
(撮影地:鳥取県大山)
ダイセンキスミレ大山



ダイセンキスミレ大山2







こちらは、八幡平で撮影したオオバキスミレ
オオバキスミレ八幡平1



見事な大群生!
林床のものはいっそう葉が大きく、大葉の名に納得。
オオバキスミレ八幡平2




東北や北陸の春山を何度か歩くと、
オオバキスミレはどこにでも見られ、
雪国を代表するスミレだと実感しま
すが、佐渡に渡るとその姿はぱたり
と消えるのが不思議でなりません。


越後で撮影したオオバキスミレ。
(撮影地:新潟県)
オオバキスミレ越後


佐渡と本州を隔てる越佐海峡の最短距離は30km余り。
越後には分布するのに佐渡には分布しない植物、逆に
佐渡に分布するのに越後には分布しない植物が多い。
この海峡によって分布が途切れる植物が多いことは、
佐渡と本州が過去にも繋がったことがないことを物語って
います。たった30km、されど30㎞、不便さも感じる30㎞。
でも、越佐海峡がなければ私は佐渡に移住していない。



追記に九州で撮影した黄菫をUPしています。
12月17日に紹介した翁草のブログで触れた
「根子岳山荘」のエピソードをかなり長い文章で
載せています。興味があれば読んでください。
追記の文章は以前起こした文章で「常体」で書いています。

キスミレ(黄菫) -スミレ科-

スミレの仲間は日本に自生するものだけでも50種を超える。交雑種も出来やすいので、細かく分類すれば数え切れなくなってしまう。その中にキスミレ(黄菫)という一群がある。黄色いスミレの多くは雪国や高山に多く、西日本の低山ではほとんど見ることは出来ない。中国地方では大山のほか中国山地の一部でダイセンキスミレが見られるだけで、キスミレは私の憧れの花の一つである。
そんなキスミレが九州の久住や阿蘇周辺にはいたるところで群生しているという。2007年、そのキスミレに出逢う目的で湯布院からやまなみハイウエーを通って久住・阿蘇へと向かうコースを計画した。キスミレとの対面は最初の由布岳で叶った。野焼きが終わって間もない山麓の草原にそれは群生していた。由布岳をバックにして写真に収めた。

キスミレ6


今まで見たキスミレの仲間はどれも重いザックを担ぎ高い山に登ってやっと出逢えたものばかりだったので、駐車場からすぐのところに群生している様子は少し異様な感じさえした。久住から阿蘇へ向かう間も、草原や牧草地にこともなげにキスミレが咲いていて、車を走らせていてもすぐにそれとわかるほどであった。私はときどきに車を止めて、キスミレの撮影を満喫した。

キスミレ5


キスミレ1


キスミレ2


キスミレ3


阿蘇に入って、私の今回のもう一つの目的であったアソヒカゲスミレ(阿蘇日陰菫)に逢うために、地域の物産品売り場や役場、そして南阿蘇国民休暇村にある野草園の方にも尋ねたが、場所は分からなかった。野草園の方の話によると、地元でも大変珍しいもので、その方もまだ写真でしか見たことがないとのことだった。私はこのままそっと自生地に咲き続けてくれることを願って、今回の出逢いは諦めることにした。
二日続きの車中泊で疲れがたまっていたので、宿泊場所を探すことにした。南阿蘇国民休暇村は満室だった。近くに瀟洒な旅館やしゃれたペンション村があったが、私は気が向かなかった。しばらく車を走らせていると、ペンション『根子岳山想』と書かれた小さな看板の文字が目に入った。矢印に従っていくつかの角を曲がり、阿蘇五山の一つ、根子岳の山麓にあるそのペンションに辿り着いたのは午後三時ころだった。洋風の建物であったが、ペンション村の派手な建物とは違い風景に溶け込んでいて、私は『根子岳山想』の名前も気に入って宿泊することに決め、ペンションのドアを開けた。扉の中には大きなゴールデンレトリバーがいたが人の気配はなかった。『呼び鈴を鳴らしてください』と書いてあったので鳴らすと、奥からオーナーらしき女性が出てきた。幸い空き部屋もあり宿泊できることになった。ただ、夕食の準備が間に合わないということで外で食事をしてくることになった。それは私には一向に構わないことだった。私は旅の目的をオーナーに話した。オーナーは
「オキナグサ(翁草)はもう撮影しましたか?」
と訊いた。私は驚いた。今回の旅ではオキナグサは想定していなかったし、何よりも、オキナグサはかねてから出逢いたいと思いながらも出逢えなかった花の一つだったからだ。これは願ってもないチャンスだった。
「近くに咲いているんですか?」
オーナーは近くにあるオキナグサの自生地を地図を使って丁寧に教えてくれた。私は急いで宿泊の手続きを済ませ、お礼を言ってすぐにその場所へ向かった。そこは登山道脇の牧草地で、車を降りて一分も経たないうちに対面することが出来た。その対面はあまりにもあっけなかったが、私は喜びでいっぱいだった。時間の経つのも忘れ、一気に300カットほど撮影した。後で写真を見ると、それらはどれも記念写真のようにきちんと納まりすぎていて、自分の焦りと興奮がわかった。もう少し心を落ち着けて撮っておけばよかったと少し後悔もしたが、まずは出逢えたことに感謝である。
ちなみに、オキナグサは牧草地によく咲いている。そのような環境が適しているようだ。私がまだ出逢ったことがなかったのは、広島県やその周辺では、牧草地そのものが以前より圧倒的に減少しており、おまけに山野草ブームで盗掘が多く絶滅の危機に瀕しているからだ。その為これまでいくつかの自生地とされる場所に行ってみたが出逢えなかったのである。もう一つ付け加えておけば、オキナグサは有毒である。牛たちはそれを知っていてオキナグサを食べずに残すので、食べ残された牧草地のオキナグサはとてもよく目に付く。皮肉なことに人がそれを掘り採る(盗る)のである。
オキナグサの撮影を終え、近くの温泉に浸かり、夕食を済ませて、再びペンションに帰ったのは午後7時を過ぎていた。私のほかの宿泊客は、仕事でこちらに来ている男性と、野の花が好きで全国を花を求めて旅している北九州から来た女性だった。その女性はもう何度もこのペンションに泊まっているようで、自分でコーヒーを淹れたり、オーナーや雇いの調理人の男性と親しく話していた。その女性は本当に野草に詳しく、今までの自分の花遍暦を楽しそうに話してくれた。私が行ったことのある場所はもちろん、北は北海道から南は九州沖縄与那国島まで、日本全国はもとよりロシアへも行かれたという。 ロシアへの花旅の話は私にとって興味深いものだった。ロシアへは野草の写真家として有名ないがりまさしさんに同行して行ったという。いがりさんは私が最も尊敬し、目標とする写真家である。いがりさんのような写真が撮りたい、いがりさんのような文章が書きたい、それを目標に野の花の写真を撮り続けている。そのいがりさんと一緒に花の旅をされたというのだから羨ましい。私はその話を聞いただけでうれしくなって、私の野の花のフォトカードをプレゼントした。
その女性はフォトカードセットのカバーの写真を見るなり、「これは伊吹山ですね」と言い当てた。私たちの話に加わっていた調理人の男性は「どうして判るんですか」とオーバーに驚き、あきれたように笑った。判る人には判るとは思っていたが、今までにそれを言い当てた人はいなかったので私も少なからず驚いた。しかし、さらに私を驚かせたのは、いがりさんが九州へ撮影に来られたときに、このペンションに数日間泊まられたことだった。私の憧れの写真家に同行した人に出逢い、憧れの写真家が泊まった宿に泊まる。これほどの偶然があるのだろうかと私は思ったが、調理人の彼は私以上にそのことを不思議がった。
私はビールを一本だけ注文して飲んでいたのだが、頼みもしないのに、こごみ(クサソテツの新芽)の御浸しや地元で採れた椎茸をスライスして湯通ししワカメと和えた酢の物、それに熊本名物の馬刺まで出てきて話は弾んだ。9時を過ぎる頃、女性は部屋に帰っていき、私も明日朝食前にもう一度オキナグサを撮影しに行きたかったので、部屋に帰って寝ることを、私より二つ年下だという調理人の彼に告げると、
「もう少しいいでしょう。ここから先の勘定は僕持ちだから。」
と言いながらビールの栓を抜いた。彼は私が一本飲む間にすでに三本ビールを空けて、焼酎のお湯割を大き目のオールドファッショングラスで二杯目にさしかかっていた。私はビールをもう一本だけ呑むことにした。私がそれを空けると、ビール党なのかと訊くので、どちらかといえば焼酎の方が好みだと言うと、これは貰いものだから遠慮せずに呑めばいいと言って、水割りを作ってくれた。どうも私の目が焼酎を欲していたらしい。その後も新たに二品おつまみが出て、薪をくべた暖炉のそばで二人きりで呑んでいた。その間、一時間おきにオーナーの女性が出てきて、迷惑だからもう終わりにしてあげなさいと言うのだが、もう少し、もう少しと勧められ、私も途中から朝のオキナグサの撮影は諦め、結局夜中の1時過ぎまで二人で飲んだ。翌朝オーナーから聞いたのだが、彼がお客さんとあれほど飲むことはめったにないらしい。宿代の請求書には宿泊代の他にはビール一本分しか付けられていなかった。
あれから10年余り経過した今年、初めていがりまさしさんと佐渡で対面することができた。一緒に写真に納まり私は有頂天になった。「根子岳山想」の話をすると、九州に行った際の定宿だそうだ。こんなことがあるから植物写真撮影はやめられない。
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